2013年5月16日木曜日
日本文化論 序説
日本人は、世の中の多くのことを説明するときに、よく欧米人が考えだした言説を使う。とたえば大学で欧米の社会理論なんかを勉強して、ではこれを日本に当てはめて考えてみよう、なんてやっている。そのことの変さに気がついている先生は少ない。だが、欧米と日本はぜんぜん違うのだから、欧米で考えられた欧米を説明するための理論を日本に当てはめるのは無理がある。
これに対して、ジャック・アタリも言うように、世界の全ては西洋化され、日本もそうなのだから、あちらの理論も十分に通用する、という人がいるかもしれない。だがそれこそ嘘だ。欧米人は、往々にして、欧米文化こそが世界のモデルとなった文化だと考えがちだ。これは、彼らが一度も中国に行ったことがないからだろう。中国の街の景色、中国人が食べるもの、そのどれも、欧米とは関係ない。中国の都市に立ち並んでいるまったく同じビルの数々、それが西洋なのか。いや、違う。それはいびつで性急な近代化の結果だ。
欧米人におけるこの誤解は、彼らが近代文明と、西洋文明を区別できていないことに起因する。じつは、西洋文明も、近代化の過程において自らがもっていた古い特徴をことごとく失った。だが彼らは、そのことに気づいていない。そのことに気づく機会をもたらす言説を彼らは持っていない。日本では、近代化と西洋化が同時進行で起きたが、これは普遍的なことではない。中国や朝鮮や台湾では、近代化はむしろ日本化を意味した。
でもそれは同じ事だ、という人もいるかもしれない。日本も西洋も同じく近代化したのだから、近代化した社会や文化についての言説は、本質的に共有可能なものだろう。ゆえに、欧米での言説を日本に当てはめるのも無理ではないはずだ。この反論には一理あるかもしれない。しかし、これはぼくの意見だが、欧米人の、自ら自身についての見解というのは、先のアタリの例もそうだが、基本的に筋違いのものが多い。彼らは自らを客観化して見るということが基本的に苦手なので、彼ら自身についての理論が正確なものにならない。必ずしもそのことが理由ではないが、たとえばウェーバーの『プロ倫』なんかは本質的なところで間違っている。ある思想がある民族の精神と行動を作る、というのが彼の主張の根底にあるが、そんなことはありえない。その逆はある。つまり、ある民族の精神や行動が彼らにあった思想を構築する、というのはありえるが、その逆はないのだ。どこからか思想がやってきて、寝ているうちにある民族の行動の仕方を変えるということがあるか。ない。ある思想が一人の行動を変えるということはありうるが、カルバニズムがイギリス人とオラダ人全体に等しく同じように作用しれその行動原理を変えるなんてことがあるはずがない。こんなことは、基本的なことで、証明の必要もないようなことのはずだが、多くの人がその逆をいまだに信じている。
さらに、西洋で生まれた言説を見ているだけでは、日本という驚くべき国の、その特殊性を説明することができない。西洋で生まれた理論は、それが西洋についてのものであれ、またアンチ・西洋的なものであれ、西洋や近代社会一般についての言説という域を出ない。これでは、日本という国を日本たらしめているそのものを説明することはできない。もちろん、おおくの人間が日本論を書いたが、それもすべて、西洋を正当化するために西洋で考えられた観念を、日本に当てはめているだけだ。たとえば、日本は恥の文化というのがある。これは日本に来たこともない人間が言った言葉だ。こんなことを信じる人がいるということだけでも恥だ。そもそも、人と人のあいだの正常な関係を保つための道徳観念をもつのに、神など必要ない。神など信じてなくても、人は殺人など滅多にしない。そんなこともわからない、西洋の自己正当化の言説にどっぷり使った人間が放つ日本についての言説が受け入れられきた歴史こそ、恥なのだ。
日本を固有のひとつの存在として、つまり、日本をひとつの複雑な概念の集合として理解するためには、それ専用の観念がいる。それを見出すには、まず日本を固有の存在として見出すことから始めなくていけない。それが今までできてこなかったということは、人は日本に対して何の驚きも持って来なかったということだ、あるいは、とりわけそういう人たちが日本について語ってきたというわけだ。あるいは、日本を自分の国と比較して貶めるために日本について人は語ってきた。もちろん例外もある。幕末期や明治初期に日本を訪れた外国人たちの日本についての記録は、おおむねこの国に対する好奇心と驚きの気持ちがこもったものだ。日本は当時、まだ誰にも知られていない未知の国で、多くの探検家や冒険家の夢だった。そこには、誰も目にしたことのない独自で高度の文明がある、そう人は信じていた。そして、それはそのとおりだった。そして、それは今でもそうなのだ。
登録:
投稿 (Atom)